大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

広島地方裁判所呉支部 昭和50年(ワ)19号 判決

原告 木村憲義

原告 木村延子

右両名訴訟代理人弁護士 高村是懿

右訴訟復代理人弁護士 恵木尚

被告 中野條太郎

右訴訟代理人弁護士 小中貞夫

主文

一、被告は、原告木村憲義に対し金二八三万円、原告木村延子に対し金二七五万円、および、原告木村憲義の右金員の内金二五八万円、原告木村延子の右金員の内金二五〇万円に対する昭和四七年二月一八日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二、原告らのその余の請求を棄却する。

三、訴訟費用は二分し、その一を原告らの、その余を被告の負担とする。

四、この判決は主文一項につき仮に執行することができる。

事実

第一、当事者の求めた裁判

(原告ら)

一、被告は、原告憲義に対し金七五六万三、三八三円、原告延子に対し金七二六万三、三八三円、および、右各金員に対する昭和四七年二月一八日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二、訴訟費用は被告の負担とする。

三、仮執行の宣言

(被告)

一、原告らの請求を棄却する。

二、訴訟費用は原告らの負担とする。

第二、当事者の主張

(原告ら)

一、木村勝憲(昭和四二年六月八日生)は原告ら夫婦の長男である。

二、被告は、広島県豊田郡川尻町大字川尻字森一六九三番一田一〇二四平方メートル(以下本件土地という)を所有し、本件土地北西角に存在する野井戸(以下本件井戸という)を占有管理している。

三、勝憲は、昭和四七年二月一七日午後五時三〇分ごろ本件井戸に転落し、そのころ溺死した(以下本件事故という)。

四、本件井戸は、本件土地の北側を通じる巾員約一・五メートルの道路近くに存在し、直径約〇・七メートル、深さ約七メートル、水深約二・二メートルの規模をもつ井戸であるが、本件事故当時その周囲に柵を設けるなど人の接近を防止する設備はもとより、本件井戸の存在を表示する標識も設けられていなかった。

よって、本件井戸の設置・保存に瑕疵があったものといわねばならないから、被告は民法七一七条一項により勝憲および原告らの被った損害を賠償すべき責任がある。

五、損害

1 勝憲の逸失利益 金七二二万六、七六六円

勝憲は、本件事故当時四才の健康な男子であったから、本件事故に遭遇しなければ、一八才に達したのち六七才までの四九年間は就労し、その間年平均金八一万七、六〇〇円(昭和四八年度賃金センサス第一巻第二表による一八才の男子の平均給与額)を下らない収入を得、生活費としてその五〇パーセントを費消するものと推認される。よって同人は、右就労期間につき年平均金四〇万八、八〇〇円の割合による得べかりし利益を喪失したものというべきところ、これを死亡時における現在額に換算するため、ホフマン式計算法に従って年五分の中間利息を控除すると金七二二万六、七六六円となる。

817,600×0.5×17.678=7,226,766

そして原告らは、勝憲の死亡により、右の損害賠償請求権を二分の一宛相続した。

2 原告らの慰藉料 各金三〇〇万円宛

3 原告憲義の葬儀費用 金三〇万円

4 原告らの弁護士費用 各金六五万円宛

六、以上の次第で、被告に対し、原告憲義は金七五六万三、三八三円、原告延子は金七二六万三、三八三円、および、右各金員に対する本件事故発生の日の翌日たる昭和四七年二月一八日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

七、被告主張1項の事実は否認する。

(被告)

一、答弁

原告ら主張一ないし三項の事実は認める。

同四項中、本件井戸の設置・保存に瑕疵があったとの点および被告に損害賠償責任があるとの点は争い、その余の事実は認める。

同五項は争う。

二、主張

1 本件井戸にはその設置・保存に瑕疵はなかった。

すなわち、本件井戸の存在する本件土地は、常に耕作され、その北側に接する道路から一メートル以上低く、そのため容易に人の立入れる場所ではない。しかも、本件井戸枠は、高いところで約〇・四メートル、低いところで約〇・二メートル地上から突出しており、その存在を容易に認識し得る状況にあったのみならず、勝憲の転落当時、本件井戸には厚さ〇・一八メートルの木板にブリキを張り付けた蓋が設けられ、その移動を防ぐため上に重さ約一〇キログラムの石が置かれていた。

2 勝憲の本件井戸への転落は、原告らが親としての監護義務を怠り、五才の勝憲を放任していた過失、および、勝憲自身の過失により惹起されたものである。

第三、証拠≪省略≫

理由

一、原告らの長男勝憲(昭和四二年六月八日生)が昭和四七年二月一七日午後五時三〇分ごろ本件井戸に転落し、そのころ溺死したことは当事者間に争いがない。

二、≪証拠省略≫によれば、本件井戸は人工的に本件土地内に築造されたものであることが認められるから民法七一七条にいう土地の工作物に該当すること明らかであり、被告が本件井戸を占有管理していることは当事者間に争いがない。

三、そこで、本件井戸の設置・保存に瑕疵があったか否かにつき判断する。

1  本件井戸が直径約〇・七メートル、深さ約七メートル、水深約二・二メートルの規模を有する井戸であること、本件井戸の存在する本件土地はその北側において巾員約一・五メートルの道路に接し、本件井戸は右道路近くの本件土地北西角に存在していることは当事者間に争いがなく、≪証拠省略≫によれば、

(1)  本件土地は、国鉄呉線川尻駅の東方約二〇〇メートル、原告ら居宅の東方約一〇〇メートルの辺りにある畑として耕作されている土地であるが、その南方約二〇〇メートルの範囲内に国道一八五号が東西に通じ、右国道に面して川尻町役場が存在しているなど、本件土地周辺には多数の住宅が建ち並んでいること、

(2)  本件土地は、別紙図面に示すとおり、その北側においてほぼ東西に通じるコンクリート舗装の道路(里道)に接し、その西側において空地と接しているが、右道路および空地より一段低く(右空地との落差大きいところで約一・六メートル、但し右道路との落差は右より小さい)、本件土地と右道路および空地とがそれぞれ接する個所には石垣が組まれていること、

(3)  本件井戸は、別紙図面表示のとおり、本件土地の北西角付近に存在し、その周りの同図面イロハイの各点を順次結んだ線内の土地は、耕作されずに雑草が生え、また本件井戸辺りから同図面イ点に向けて緩やかな上り勾配となっていること、なお同図面ハ点から東方に寄った右道路南端からほぼ同図面ハロを結ぶ線に沿って本件土地に下りる緩やかな小道が設けられていること、

(4)  本件井戸には、外径〇・七九メートル、内径〇・七三メートルの井戸枠が地上から〇・二ないし〇・四メートル突出して設けられ、右井戸枠北側に接した地上には電動式揚水機が設置されていることがそれぞれ認められ、≪証拠省略≫によれば、本件事故当時の本件土地および本件井戸の状況は、休耕のため本件土地一面に雑草が生えていたほか、右認定と同様であったことが認められる。

そして、本件事故当時本件井戸の周囲に柵など人の接近を防止する設備はなく、また本件井戸の存在を表示する標識も設けられていなかったことは当事者間に争いがないが、≪証拠省略≫によれば、本件事故当時本件井戸には厚さ〇・一八メートルの木板五枚を組合せ、表面にブリキを張り付け、裏面に〇・四メートル角の横木二本を打ちつけた楕円形の蓋(長径〇・八一メートル、短径〇・七七三メートル)が設けられ、右蓋の移動を防ぐため上に重さ約一〇キログラムの石が置かれていたことが認められる。

また、≪証拠省略≫によれば、本件土地の西側に接する前記空地は、工場用地として使用されていたが、昭和三七年ごろから空地となったこと、そして夏期には雑草が生茂るため右空地に人が立入ることはないが、草の枯れた冬期には子供達が右空地に立入り、野球などをして遊ぶことがあったこと、そのためボールなどが本件土地に飛込み、それを拾う子供達が本件土地に度々侵入することがあったことが認められる。

2  1項認定の事実よりみれば、本件井戸は、一旦転落すれば死に至る危険性の極めて高い工作物であること明かであるところ、人がたやすく接近し得る場所に築造されているのみならず、幼児ですら容易に本件井戸枠の上端から上体をのぞかせ、また設けられた蓋に上ることができる状態にあるものといえる。

そして、本件井戸の危険性を認識し、それを回避し得る能力に欠けるところのある幼児らにあっては、好奇心にかられて本件井戸に接近し、本件井戸枠から上体をのぞかせ、蓋に上るなど転落の虞れのある行為に及ぶことは充分予想されるところである。

3  そこで、12項認定事実を総合して、本件井戸につき要求される安全設備のあり方を考えてみると、井戸蓋の設置、それも、人の体重を支えるに足る強度を備えるとともに、子供達のいたずらなどで容易に取り除けないような井戸蓋の設置を要するほか、危険性の認識に欠ける子供達、特に幼児が容易に井戸蓋に上れない程度の高さ(一メートル以上)に地上から突出した井戸枠を設ける必要があるものといわねばならない。

ところで、1項認定事実によれば、本件事故当時本件井戸には蓋が設けられ、その上に石の重しが置かれていたこと明かであるが、≪証拠省略≫によれば、本件井戸内で溺死している勝憲が発見されたとき、右蓋も二つに折れ重なって本件井戸内に落下していたことが認められ、この事実に徴すると、右蓋は右要求を充たすものでなかったものといわねばならず、また井戸枠の突出においても右要求を充たしていないこと明らかである。

よって本件井戸には、3項認定の二つの点においてその設置・保存に瑕疵があったものといわねばならない。

そして、勝憲がどのようにして本件井戸に転落したかについては、これを確認するに足る証拠はないが、弁論の全趣旨によれば、その転落が右瑕疵に基づくこと明らかであるから、本件井戸の占有者たる被告は、民法七一七条一項に従って勝憲および原告らが本件事故によって被った損害を賠償すべき義務がある。

四、次に、原告らの過失の有無について判断する。

勝憲が昭和四二年六月八日生の男子であることは当事者間に争いがないから、本件事故当時満四才八か月であったこと明らかである。

ところで、この程度の年令の幼児は、その行動範囲が次第に拡張し、また遊び方も多方面に亘るようになるものの、自己の行為によって招来される危険の認識および回避能力については不充分であるといわねばならない。従って幼児の監護者は、その行動を監視し、幼児がいかなる場所でどのような遊びをしているかを常に把握し、幼児が事故に遭遇することのないよう予め適切な措置を講じておくべき義務があるものというべきである。

しかるに、原告憲義本人の供述に徴すると、勝憲の両親たる原告らは、日ごろから勝憲の遊び場所などにそれ程の注意を払っておらず、本件事故の二週間程前踏切に石を置いて遊んでいたため他から注意を受けたことがあったにかかわらず、本件事故当日の行動についても確認を怠っていたことが窺われる。

そして、前三項認定の本件井戸の存在場所などに照らすと、原告らの右注意義務の懈怠が本件事故発生の一因となったこと否定できない。

五、損害

1  勝憲の逸失利益

前四項認定のとおり勝憲は本件事故当時満四才の男子であったから、諸般の事情に照らすと、本件事故に遭遇しなければ、今後少なくとも満四才の男子の平均余命年数六七・六九年(昭和四七年簡易生命表)は生存し、その間満一八才から満六七才までの四九年間は稼働し、年平均金六八万二、一〇〇円(昭和四七年度賃金構造基本統計調査報告第四表、産業計・企業規模計・学歴計による一八才から一九才までの男子労働者に対しきまって支給する現金給与額金五万〇、六〇〇円の一二か月分と年間賞与その他の特別給与額金七万四、九〇〇円の合計額)を下らない収入を得、生活費としてその二分の一を費消するものと推認される。従って勝憲は、本件事故死により、右稼働期間年平均金三四万一、〇五〇円の割合による得べかりし利益を喪失したものというべきところ、これを本件事故時における一時払額に換算するためホフマン式計算法に従い年五分の割合による中間利息を控除すると、次の算式に示すとおり金六〇二万八、八〇九円(円未満切捨)となるが、前四項認定の原告らの過失を斟酌し、右金額を金三〇〇万円に減額する。

341,050×(28.0866-10.4094)=6,028,809.06

よって、勝憲は被告に対し金三〇〇万円の損害賠償請求権を取得したところ、その死亡により原告らが右請求権の二分の一にあたる各金一五〇万円宛の請求権を相続した。

2  原告憲義の損害

(葬儀費用)

原告憲義本人の供述に徴すると、原告憲義は勝憲の葬儀費用として相当額の出捐をしたことが認められるが、勝憲の年令、原告らの家庭環境、前四項認定の原告らの過失などの事情を総合すると、本件事故と因果関係のある損害は金八万円をもって相当とする。

3  原告らの損害

(弁護士費用)

本件事案の内容、請求額、認容額、審理の経過などを総合し、本件事故と因果関係のある損害として被告に負担させるべき弁護士費用は各金二五万円宛をもって相当と認める。

(慰藉料)

原告らは長男勝憲の死亡により相当の精神的苦痛を受けたものと想像されるが、前四項認定の過失その他諸般の事情を総合し、右苦痛を慰藉するには各金一〇〇万円宛をもって相当とする。

六、以上の次第で、原告らの本訴請求は、被告に対し、原告憲義が金二八三万円、原告延子が金二七五万円、および、原告憲義の右金員の内金二五八万円(弁護士費用を除く、これについては支払期が明らかでないので遅延損害金の請求は理由がない)、原告延子の右金員の内金二五〇万円(右同様弁護士費用を除く)に対する本件事故発生の日の翌日である昭和四七年二月一八日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるので、これを認容し、その余を失当として棄却し、訴訟費用につき民事訴訟法九二条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 谷口伸夫)

〈以下省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例